思春期の入り口に立つ そのこころ
谷森 正之 Tanimori Masayuki
小学校教諭
 
 
 3.実践記録〈授業抄録〉
 

T:先生はむかし、担任していた五年生の女の子から、日記帳に書いた、こんなメッセージをもらったことがあります。

(資料)先生は小学生のころ、好きな人はいましたか。私はいます。でも好きな人とは、あまり口をきいたことはありません。だから、すこしでも席が近いところにあったらばと思います。

C:先生、小学校のとき、好きな人いたんですか?
T:もちろん、いましたよ。
C:口きけた?
T:ううん。この女の子と同じ気持ちでした。だから、その日記にも、そう返事をしたのを覚えています。みなさんはどうですか。今、好きな人はいますか?
C:いるけど、ぼくは女子ではいないな。
C:私だって、女子の中にはいるけど、男子で好きな子なんていないよ。
T:女子でも男子でもいいのですよ。好きな人がいるって、とてもいいことですね。東君平さんの、こんな短い童話があります。

〈おとまり〉
 きんじょどうしなのに、こどもたちは、なかよしになって、もっとなかよしになると、とめてあげたり、とまりにいったりします。そんなひは、ゆうごはんも、いっしょにたべます。いっしょに、ごはんをたべて、いっしょに、おふろにはいって、いっしょに、あそんで、おなじへやに、おなじふとんで、ねるのです。
「きょうだいみたいだね」
「ほんとだね」
 ねまきに、きかえて、ねるまでに、もうすこしだけ、あそんでいいというとき、こころが、いちばんたのしくなります。

(『おはようどうわ』から)

T:これは、何歳くらいの子どもたちの話だと思いますか?
C:4,5歳。幼稚園ぐらいの子。
C:1,2年生ぐらいじゃないの。
C:ぼくなんか、今でもあっちゃんと泊まりっこしているよ。
T:では、こんなふうに、いっしょにお風呂に入ったり、1つ布団で寝たりするのは、女の子どうし、男の子どうしでするのですか?
C:そりゃそうだよ。でも、うんと小さいころは別かもしれないけれどね。
T:そうですね。小さいころは、あまり、男だから、女だからって意識しなかったでしょ。男だの、女だのという意識が強くなるのは、いつごろからかと考えると、それは人によってずいぶん違うようです。でも、ほとんどの人が意識するようになるのは、大人に向かって、からだが変化しはじめるころからです。ある女の子が、自分のお兄ちゃんについて、こんな詩を書いています。

おにいちゃんは かわった

小6 沢村 美緒 

おにいちゃんは かわって行く
いつのまにか かわって行く
毎日毎日 みているのに
なんだかわからないけど かわって行く。
春のころ
こぶしの木にのぼって 白い花を
「先生に もって行け。」
ぼさり ぼさり

あたしの手に落としてくれた おにいちゃん

あの時の 白い顔が
今は すっかり日にやけて ココアみたいな色してる
おでこに ぽつんと おできができている。
母にきいたら

「ニーキービー」と 言った
「やーだな ニキビできて」
じろっとわたしの方を見ただけで
スーッと学校へ行っちゃった。

かわった なんだか かわった。

声がなんだか ぼうぼうしてきた。
わたしと あそんで くれなくなった。
かばんを ちゃんと しょわなくなった。

「おにいちゃん すず虫が なかなくなったよ」
「ああ 冬がくるから みんな死ぬさ だれでもいちどは 死ぬんだぞ」
おとなの声だ
ああ おにいちゃんは おとなに なっちゃうんだ

(『日本の子どもの詩』岩崎書店)

T:もう1人、むかし、先生が担任したことのある女の子は、こんな文を書いています。

 先生も知っているけれど、このクラスの女子の中に、もう生理になっている人がいます。私はまだなっていないからこう思うのですけれど、もう生理になっている人といっしょにいると、変なふうに思ってしまいます。それは、もう生理になっている人は、赤ちゃんが生めます。生めるということは、お母さんたちと同じ、おとなの人です。だから、友だちじゃないふうに思ってしまいます。でも、そんなふうに思っていると、友だちがいなくなってしまうので、不安な気持ちで友だちといます。

T:みなさんのからだは、いま大人になるための準備を始めています。しかしその変化は、自分の考えとは関係なく起きてきます。それで、とても不安な気持ちになったりもするのです。
T:でも、先生もお父さんもお母さんも誰もが通った道だから大丈夫ですよ。からだとは別に、みなさんくらいのころから、気持ちの面で大きく変わってくることは、どんなことでしょう?
C:親の言うことを、あまり聞かなくなる。
T:君はそうなのですね。でもどうして、親の言うことをあまり聞かなくなるの?
C:だって、うるさいもの。
C:もっと自分の考えでやりたいよね。
T:先生に対しても同じようでしょ。でも確かに、そういう気持ちがでてくるのも、だんだん大人に近づいてきたしるしなのです。もうひとつ、大きな変化って、なんでしょうか?
C:人を好きになるってことかなあ。
T:ある男の子が、こんな詩を書いています。

夕鶴の劇

小6 原田 義次 

先生 ぜったい言うなよ
これ ほんまやで
おれは 種田典子が大好きになったんや
あの夕鶴の劇の練習の時
おれが「よひょう」で 種田が「つう」になったやろ
そのとき
先生は
「原田 もっと ひっつけ ひっつけ」言うたね
おれは もじもじしてたけど

種田の手 ぎゅうっとにぎったんや
そんなら種田もな
おれの手 きつうにぎり返してきよった
ほんなら おれなもう ポワーンとしてきて
セリフ みんな忘れてしもうた
「こらっ 原田 セリフ忘れたらあっけ!」
そのとき
先生 きつう怒ったね

けどな おれ あの時
種田の手を きつうにぎった時
何が何やら わからんようになった
顔も 手も
おれ からだ中 まっかになってしもうた
それからのおれ
もう 授業中も
種田のことばかり 気になるねん
種田も おれのかおみて
まっ赤になりよる
先生 人間て その人のことを好きになってしもうたら
頭の中が そのことばかりで
いっぱいになってしまうね
おれ このごろ 種田のことばかりで
心が 燃えてきよる
勉強も 種田のこと思うてがんばっている
先生 このこと
ぜったい だれにもいうなよ
先生 ほんまやで ほまんやで

(「少年少女新聞」第1125号)

T:人を好きになるってことって、どんなことだと思いますか。
C:わからない。
C:すごくすてきなことだと思います。
C:いいことばっかしじゃないと思う。つらいことだってあるんじゃない。
C:あたし、男なんてきらい。
C:ぼくだって、女なんてきらいさ。
T:そう言うけど、だんだん変わっていくかもね。女だから男を、男だから女を、好きにならなければならないということはないのですよ。大切なことは、誰かを好きになるということ。その人のことを思うと、がんばって生きていく勇気がわいてくるということなのではないでしょうか。

〈授業後のひとこと〉
 子どもたちの発達はさまざまです。本時のようなテーマは、自分がその段階に達していないとピンとこない部分も少なくありません。授業としては、5年生の後半以降、6年生にかけて実施するのがよいでしょう。

(たにもり・まさゆき/埼玉県富士見市立諏訪小学校)