学習実践 中学校
“援助交際”を題材に論争し 「性は人権」について深める
原田 瑠美子 Harada Rumiko 中学教諭
 
 
 ■なぜ“援助交際”がいけないの?
 
 担任学年の生徒が中2のとき、クラスの生徒の数人から、街で知らないおじさんから「五万円でどう?」などと変なことを言われるという訴えがあった。私は実態をつかむために、「いままで街で“援助交際”的な誘いを受けたことがありますか?」というアンケートをその学年全クラス(5クラス)で実施した。その結果、どのクラスでも4,5人もの生徒が被害にあっていた。例えば、「下着を売ってくれない?」「好きなものを買ってあげるからHしよう」「一回5万円でやらせて! そのあと洋服を買ってあげるから」「“援助交際”してみない? 10万円ぐらい出すから」というような性的いたずらな売春の誘惑を大人の男性から受けていた。なかには電車の中でチカンにさわられたあと、「3万円でどう?」とささやかれ、ものすごく悔しかったと怒りを書いている生徒もいた。
 マスコミでは少女たちが「オヤジ狩り」をするような書き方をしているが、実態は、少女たちが大人の男によって卑猥な言葉をかけられたり、商品のように扱われている方がよっぽど多いのだ。こうした体験をとおして、少女たちは「オヤジ不信」「オヤジ嫌悪」になっていく。そしてなかには、女子中・高校生に商品価値があることを逆手に取り、オヤジを利用してやろうという気分が形成される少女たちも出てくる。
 そこで、生徒たちが中3になった今年度、全クラスで“援助交際”をテーマにした授業を実践することにした。私の学年では道徳の授業を担任だけが受け持たずに、学年の教員全員がそれぞれ自分の得意なテーマで順番に授業をしていくことになっている。私の場合は中学一年のときから、「性」のテーマで道徳の授業を進めてきた。
 「自分のからだをきちんと知ろう」
 「性って恥ずかしいこと?」
 「エイズは怖くない。本当に怖いのは何?」
 という設題で、生徒たちと語り合ってきた。中3では、この“援助交際”を題材にし、「性は自分にとってかけがえのない大事なもの」というメッセージを伝えようと考えた。だが、一方的に教師の話を聞くだけでは、生徒自らが自分のものの考え方を揺さぶられることはあまり期待できない。
 そこで私は、こんな方法を思いついた。教師である私が、“援助交際”する少女たちのものの考え方を主張し、生徒たちと論争するのである。まず、最初の授業ではこのやり方でトライしてみることにした。
 「きょうは“援助交際”についてみんなと話し合いたいと思います。この前アンケートをとりましたね。ほとんどの人はどんなことがあっても、自分は“援助交際”をしない方に○をつけていましたが、場合によってはやるかもしれないという人もクラスに4,5人いました。
 私もみなさんのアンケートを読んでいくうちに、自分が本当に“援助交際”をしたいと思うなら、本人の勝手なんだから別にかまわないかも、と考えるようになりました」
 私のこの話は生徒たちにとって予想外のこと。案の定、すぐにこういう反応が戻ってきた。
 「えー! 先生は“援助交際”を悪いことだと思わないの?」
 「だって、どうして悪いことなのかしら? 暴力団から無理やりやらされているわけではないでしょう。自分から好きでやっていることなんだし、だれにも迷惑をかけていないでしょう」
 「親にばれたら、親が絶対悲しむよ」
 「だから、親にばれないように工夫する」
 「でもブランド物のバッグなんか持っていたら絶対に勘づくと思うな」
 「友人と交際したとか、フリーマーケットで買ったとか言って、お母さんをうまくごまかす話を工夫できるんじゃないの。だって、みんなはブランド物がほしいんでしょう。親がくれるおこづかいじゃ買えないじゃないの」
 「そりゃブランドのバッグとか財布とかほしいけれど、お年玉でためたお金で買うからいいよ」
 「お年玉でためた貯金を下ろしてブランドのバッグを買うと言ったら、親は許してくれる?」
 「ううん、反対すると思う。でも中学・高校のうちからそんなに大金が入ったら、お金の感覚が狂っちゃうからやっぱりまずいよ」
 生徒たちは私に挑発され、ふだん親から言われたことを思い出しながら、私にぶつけてくるところがおもしろい。
 「だから、短期間だけやって、パッと足を洗えばいいじゃないの。オヤジが金をくれるのも、みんなが中学生、高校生という若いからだを持っているから。高校を卒業したらもう賞味期限切れって言われるんですってよ。こういうバイトは、みんなのように若いいまだからできるんだから……」
 「親はだませても、彼氏に悪いじゃん」
 「心までオヤジに売っているわけではないでしょう。売っているのはからだだけ。ラブラブの心は彼氏だけと割り切ればどう……」
 生徒たちは、私がいつまでも“援助交際”を正当化する側の理屈を言い続けているのでイライラし、悔しがって、頭に思い浮かぶことを次々と私にぶつけてきた。
 「自分のからだを大切にしなきゃいけないって、先生だって言ってたでしょう!」
 「そうね。自分のからだの仕組みをきちんと知り、自分のからだは自分できちんとコントロールできるようになろうね、とあなたたちに話してきたわよね。だから“援助交際”でオヤジから性病やエイズをうつされたり、妊娠させられられたりしないように気をつける必要がある。『コンドームをつけてほしい』と言えなくちゃダメよ」
 「うちの親が言ってたけど、今度から法律違反で逮捕されちゃうんだって!」
 「東京都の『買春等処罰規定』のことね。でも逮捕されるのはあなたたちを買ったオヤジ。あなたたちは保護される立場だから、補導されても逮捕はされないのよ」
 
 ■自分に一番迷惑をかけているんだよ
 

 こんなやりとりを繰り返しているうちに、生徒たちは早く答えを教えてほしいと言いだした。ここが勝負どころである。生徒自身が自分の理屈や本音でよく考えることが大事なのだ。いまのところ“援助交際”なんかしないと思っている生徒も、いつ具体的な誘いを受けるかもしれない。まわりがどうであれ、自分の中にしっかりとした価値規範を持つことが必要なのだ。十分に生徒たちを混乱させたあと、私自身の本当の考えを述べることにした。
 だれにも迷惑をかけてないと言うが、本当は自分自身に一番迷惑をかけているのだということ。それはなぜかというと、心とからだは分けることができず、過去の性体験の記憶はその後の恋愛、性関係に影響を及ぼす。恋人と愛情に包まれたセックスをしようと思っても、過去のオヤジ相手の不快な記憶がよみがえり、セックスに快感・喜びが感じられなくなる。さらには男性そのものに不信感が生じ、純粋な恋愛ができなくなる可能性もある……。
 そして「自分の心と体を自分で守る」視点から“援助交際”にまつわる危険性をいくつかの具体例を紹介しながら、たくさんの誘惑があるが、それを自分で取捨選択していくには、自分自身の物の考え方、判断力をしっかり育てていくことが重要だと強調した。授業の最後に、自分の仲良しが“援助交際”していたと仮定して、その友だちを説得するためのセリフを書かせた。

 
 ■自分の思考を働かせたことが重要
 

*勝手にやればあ! あんたの人生はあんたの人生なんだし……。でもいま自分がやっていることが自分の人生にどういう影響を及ぼすかっていうことを真剣に考えたことある? お金をもらって得をしたと思っているかもしれないけれど、一生取り返しのつかない大事なものをいまあんたは失おうとしているんだよ!

*あなたがそういう行動をとったわけは何なの? お金? それとも親への反抗? 寂しかったから? 悩みがあるんなら私が聞いてあげるよ。逃げないで自分の心と向かい合ってごらん。

*もしあなたの彼氏がお金目当てで年上の女とHしたことがわかったらどうする? 彼氏のこと不潔だと思わない? それと同じことだよ。本当に彼氏のこと好きならやめな。

*将来、結婚したいと思った人が出てきたとき、そのことを話すつもり? もし隠すならどんどんうそが重なってだれにも信用されなくなっちゃうよ。

*Hって、自分が一番大切でこの人なら、ていう人とするもんだよ。テレクラとか援助交際とかでHを体験しちゃうと、すてきなHができなくなっちゃうんだよ。

 「売春はいけないこと」というタテマエと「自分の勝手」というホンネとのぶつかり合いの中で、生徒が自分で考え、自分の言葉で書いているので説得力がある。
 たった一時間の授業で、生徒たちが自分の価値判断をゆるぎないものにできたとは思わない。だが、いままでただ「いけないことだ」としか言われなかったことに対して、「なぜ?」「どうして?」と自分の思考を働かせたことに意義がある。将来、売春的行為に誘惑されたとき、「ちょっと待てよ、どうすればいいのか」と立ち止まって考えるからである。
 同じ展開方法では、教師の私が新鮮味を失ってしまうので、ほかの4クラスはそれぞれ次のような異なった展開で実践してみた。
1ロールプレイを取り入れ、“援助交際”をしている生徒をどう説論するか、教師役割を演じさせる。
2なぜ、男子は“援助交際”をしないのかという問いかけから、売買春を生み出す背景に男女不平等社会があることを考えさせる。
3「従軍慰安婦にされた少女たち」を題材に「性」が人間にとってどれだけ尊いものかを考えさせる。
4新聞の「人生相談」を教材にし、自分をあきらめた生き方はいつか壁にぶつかること、女性が自立することの意味を考える。
 いずれも、生徒の本音を引き出しながら、語り合っていったが、一番手応えのある反応が戻ってきたのは、「従軍慰安婦」をテーマにしたときだった。性的権利を最も剥奪された少女たちの悲しみ、苦しみに共感することでせいはかけがえのないもの、決してほかから犯されたり管理されたりするものではない、自分自身の権利というメッセージが、生徒たちの中に伝わったのだと思う。
 生徒たちと語り合いながらいつも痛感する。子どもに性は人権であることを教える以上、性を人権として尊重する社会を大人自身がまずつくらなくてはいけないのだと。