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東京都の性教育の手引に対する提言

■東京都教育委員会の「性教育の手引」改訂作業に関して
−現場の性教育実践を応援し発展させるスタンスで改訂作業を−

2018年11月16日

東京都教育委員会「性教育の手引」改訂担当 御中
一般社団法人"人間と性"教育研究協議会
 
1.いま、何が性教育で問われているかの認識の共有を
 現在、東京都における性教育で取り組むべき課題と実践方針を確定していく上で必要な観点は、第1に、東京都における児童・生徒の性意識・性行動の実態調査、現場教師や保護者からの聴き取り調査、関係団体・研究者などへのヒアリング、さらに子どもたちの性の学びへの要求・疑問・質問などを踏まえて、総合的な観点から性教育の手引とプログラムを策定していくということです。真摯に子どもたちの疑問や質問に応えていく性教育の基本姿勢が問われています。
 第2に、性教育の理論に基づき、子どもの性的発達・性行動の実際に合った性教育政策をとることです。これまでの日本の性教育政策は、性教育は「寝た子を起こす」といった論に基本的に依拠してきた結果、教育行政が指導する内容を含め、抑制的な性教育になってきました。したがって「性行動・性交」や「避妊」「中絶」などの基本的テーマの学習の位置づけが、子どもの性的発達・性行動の実際から遊離しているという現状があります。しかし国際的な性教育の成果についての調査結果は「寝た子を起こす」論を否定しています(注1)。
 第3に、子どもたちが人生を生きていく上で、問題行動を起こさせない指導と児童・生徒管理ではなく、賢明な判断と行動の選択ができるための性的自己決定能力をはぐくむこと、人生のさまざまな性に関わる局面に適切に対応していく力を形成し援助していくことを、性教育実践の課題として明確にすることです。
 そうした観点に徹して作成されたのがユネスコ「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」(初版は2009年12月公表、第2版は2018年1月公表、以下「ガイダンス」と略記)です。国際的なスタンダードからすれば、残念ながら日本の性教育政策は明らかに"逸脱"しているのが実状です。
 東京都教育委員会作成の「性教育の手引(以下、「手引」)」の「はじめに」には以下のような記述があります(注2)。
 「いうまでもなく、学校における性教育は、人格の完成を目指す『人間教育』の一環であり、 学習指導要領や児童・生徒の発達段階に即して系統的・段階的に進めることが重要です。 このように学校における性教育の重要性が言われる一方で、一部の学校で学習指導要領や児童・生徒の発達段階等を踏まえない性教育が行われている実態が明らかになりました。」
 しかし都立七生養護学校(当時)の性教育をめぐる「こころとからだの学習裁判」では、都教委等による学習指導要領の位置づけや、性教育の現状に関する認識が誤りであったこと、および一面的であったことが、地裁・高裁・最高裁判決で明らかにされました(2013年11月28日、最高裁判決により地裁・高裁判決が確定)。
 したがって、これまで14年間も改訂されることなく事実上棚ざらしにされてきた現行の都教委「手引」改訂作業については、次のような課題があるといえます。
第1に、2003年7月の七生養護学校事件以降の"失われた15年"のなかで発展してきた国際的な性教育の内容と到達点を共有すること。第2に、性教育に関する基本的な考え方も含めてどの事項を、どのように改訂していこうとしているのかを明示すること。第3に、改訂をすすめるにおいて、エビデンス(論証・根拠)は何かを共有すること。これらの点は「手引」を学校現場で活かすためにも重要な課題になります。
 世界の大きな流れでは、性(セクシュアリティ)は基本的人権であり、性教育・性の学びは人権教育において不可欠であることが共有されてきたところです。「ガイダンス」(第2版)では、包括的性教育を、人権、つまりは質の高い健康、教育、情報を享受する権利などを基盤にする「人権的アプローチ」として構想しています。そのアプローチのひとつの柱は、若者が性に関して、強制や暴力から解放された安全な環境のもとで、お互いを尊重することができる権利です。もうひとつの柱は、自らを効果的に守るために若者が必要な情報を得る権利です(原文16頁)。人権教育としての性教育をすすめることは現代社会の不可欠の課題となっており、都教委「手引」改訂作業も、これらの共通認識のもとにすすめられるべきです。

2.「性教育の手引」改訂作業に対する問題提起 
1)改訂に際しての討議内容の公開:東京都の性教育については、2018年3月以降、都民だけではなく、国民的な関心事項となっています。もちろん「手引」の改訂、およびその内容も大きな関心をもたれています。都民および国民に対する説明責任を果たすためにも、また、改訂作業の透明性を確保するためにも、討議の議事録の公開を求めます。
2)広く意見を聞く機会の設定:東京都には、これまで性教育を実践、研究してきた専門家や法人団体、若者の性に関する医療、福祉関係者、学校の教職員等、多くの人材がいます。また、都民、および国民的に大きな関心事項となっています。討議段階において、公聴会や、各種団体からの意見聴取、学校現場等での性教育実践者等からのヒアリング、パブリックコメントの募集等、それらの人々の意見を聞く機会の設定を求めます。
3)「学習指導要領」の大綱としての性格を踏まえての検討:学習指導要領の「総則」には「学習指導要領とは、こうした理念の実現に向けて必要となる教育課程の基準を大綱的に定めるものである。学習指導要領が果たす役割の一つは、公の性質を有する学校における教育水準を全国的に確保することである。また、各学校がその特色を生かして創意工夫を重ね、長年にわたり積み重ねられてきた教育実践や学術研究の蓄積を生かしながら、児童や地域の現状や課題を捉え、家庭や地域社会と協力して、学習指導要領を踏まえた教育活動の更なる充実を図っていくことも重要である。」「学校において特に必要がある場合には、第2章以下に示していない内容を加えて指導することができる。」と、その大綱的性格と学校の裁量権が明記されています。「こころとからだの学習裁判」の二審・東京高裁判決(最高裁で確定)でも学習指導要領は「法規としての性格を有する」としつつも、それは最小限度の基準であり、「大綱的基準の枠内で具体的にどのような教育を行うかという細目まで定められておらず、定められた内容・方法を超える教育をすることは、明確に禁じられていない限り許容される」として「学習指導要領の基準性」を確認しています。さらに学習指導要領に記載がある場合においても「その一言一句が法規としての効力を有するということは困難」であり、「理念や方向性のみが示されていると見られる部分、抽象的ないしは多義的で様々な異なる解釈や多様な実践がいずれも成り立ちうるような部分、指導の例を挙げるにとどまる部分などは、法規たり得ないか、具体的にどのような内容又は方法の教育とするかについて、その大枠を逸脱しない限り、教育を実践する者の広い裁量に委ねられて」いること、つまり、性教育は、教員に広く自由裁量性が認められている分野であり課題であることが示されました。
 現場の教員の裁量を制限し、現場における性教育実践が安易に制約されては、子どもたちと時代のニーズに応じた創造的で豊かな実践をはぐくむことは困難になります。したがって、「学習指導要領」の大綱としての性格を踏まえての検討を求めます。

3.「性教育の手引」策定への具体的な提案
1) 基本的な考え方の提案、具体的な進め方について
@教員による学習内容や教材等の編成権の保障:「学習指導要領」および「手引」の大綱的性格を踏襲し、教員ならびに学校が、児童・生徒や地域の実態を踏まえて、創意工夫をこらして性教育の学習内容を作成することを保障すべきです。また、いわゆる"はどめ規定"や、現「手引」の使用教材の使用開始期日前の届け出等の記述の削除を求めます。

A児童・生徒の課題から出発した学習の保障:学習内容の検討にあたっては、児童・生徒の課題を踏まえた編成にすることが求められます。これは「ガイダンス」でも確認されていることです。児童・生徒の性意識、性行動の実態把握の方法は、地域によって異なることを踏まえ、課題から出発した学習内容を編成することを支援してください。また中学校卒業後は高校の中途退学や就職等、生徒の状況は異なるため、義務教育段階での自分自身の性に関する学習の保障を求めます。
B法令理念の踏襲:日本が批准している人権条約(子どもの権利条約ならびに選択議定書、女性差別撤廃条約、国際人権規約等)において、性教育の体系的な取り組みの重要性に関する勧告を受けています。国連の持続可能な開発目標(SDGs)における複数の分野別目標にも性教育に関わる内容が含まれており、全ての目標に人権概念が貫かれています(注3)。勧告やSDGsの目標を踏まえるとともに、男女共同参画社会基本法等で示しているように、児童・生徒が性別にかかわりなく、その個性と能力を十分に発揮できるよう、固定的な性別役割や性別特性論を問い直す学びを、全ての学校段階に取り入れるもとを求めます。

C時間数の確保:包括的な性教育を児童・生徒の課題を踏まえ、系統的かつ継続的に進めるにあたり、相当数の時間の確保が必要です。各教科ならびに教科外教育において実践するにあたり、一定の時間数を保障することを求めます(注4)。
D学校現場を中心としたネットワークの構築:性教育には児童・生徒と教育者との信頼関係が特に重視されます。性に関する専門家による性教育も大きな効果を持ちますが、日頃から児童・生徒と関係を築き、児童・生徒の実態を把握している学校の教職員が中心となり、外部講師等とのネットワークを構築することが重要となります。そういった学校現場を中心としたネットワークの構築を求めます。
E性教育に関する幅広い教員研修の保障:教員や保育士等の養成課程において、性教育を包括的に学ぶ機会は保障されていません。教育者には質の高い研修が保障される必要があります。行政のみならず、性教育に取り組んでいる各民間団体の研修との連携の明記を求めます。
Fユネスコ「ガイダンス」を踏まえた「手引」の作成:「ガイダンス」の基本的な考え方は、テーマを機械的に並べるのではなく、課題を共有することから性教育を現場で構想することを重視するものです。また@〜Eの性教育を進めるにあたっての理論的根拠についても主に第1部にまとめられています。児童・生徒の現状と課題を踏まえた性教育プログラムの構成にあたって「ガイダンス」を基礎およびエビデンスとすることを求めます。

2) 具体的な「性教育の手引」の内容に関する提案
@人権教育としての包括的性教育の保障
:人権が保障されていることとは、自分で自分の生き方を選択して決めることができる状態のことです。性は生き方に関わるため、幅広い内容となります(注5)。包括的性教育とは、@障害とともに生きる人も含めて乳幼児期からすべての人に、A人生と性的発達のすべての局面に、B性の多様性を骨格にさまざまな共生をはぐくむことを目指すものです(注6)。心身ともに大きく変化する義務教育の時期に、性を通じて権利行使の主体としての学びが保障されることは、一生を通じての人権感覚の醸成につながります。「手引」では人権教育としての性教育の位置づけを明確にする必要があります。

A多様性の尊重:児童・生徒の現実として、性的指向および性自認(SOGI)や、表現の性など、性に関わる多様性、また子どもたちの現実でもある家族形態の多様性を前提とした学習内容にする必要があります。

B性的自己決定の保障
:児童・生徒から世間に広がる性情報をことさらに遠ざけるのではなく、それを批判的に見る目を養うことが重要です。児童・生徒が性を肯定的に捉え、自尊感情と他者尊重を土台に、性的な事柄に対して自己決定できる判断力を育むことを求めます。また、それを支えるさまざまなネットワークの構築を確かなものにする必要があります。

C学習内容と方法の開発:固定的な生き方や性道徳を強調するのではなく、互いの違いを前提にしてどのように対話するかといったスキルや、何か問題があった際にどこに相談へ行けばよいのかといった情報を獲得できるようになる学習内容、および学習方法の開発を求めます。

D集団学習の重視:性への関心や発達には個人差があるものの、適切な判断や支援を求める力を育て、さらには、児童・生徒が性的な事柄に関するリスクを回避するためには、ピア(仲間)との集団での学習が基礎となります。ピアでの共通理解が、リスクに対する抑止力、予防力ともなります。「脅し教育」や結論ありきの学習内容ではなく、集団学習の成果と課題を検討する中で、個別指導を必要とする児童・生徒を見いだすことのできる内容を求めます。

以上



注1)「寝た子を起こす」論の事実誤認について、国際的な多くの調査をレビューした分析では、適切な性教育の実施は"性行動を活発化させない"という実証結果が出ています。初めての性交に関する性教育プログラムの影響を測定した63の研究のうち、プログラムの37%は初交体験の開始を遅らせたが、63%はまったく影響がありませんでした。「注目すべきは、初めての性交を早めるプログラムはなかった」し、同様に「プログラムの31%は、性交の頻度の減少(性交しない状況に戻ることを含む)につながった一方、66%は影響を与えず、3%は性交の頻度を増加させた。最後に、プログラムの44%が性交経験相手の数を減少させ、56%は影響を与えておらず、また性交経験相手の増加につながるものはなかった」という報告内容です。つまり@包括的性教育プログラムの3分の1以上は、初めての性交を遅らせ、A同様にプログラムのおよそ3分の1は、性交の頻度を遅らせ、Bプログラムの3分の1以上は全ての対象者のなかで、また重要な対象者のいずれかにおいて、性交経験相手の数を減少させているのです(ユネスコ編『国際セクシュアリティ教育ガイダンス』42〜43頁)。


注2)「小学校編」と「中学校編」(2004年)。同様の趣旨が「高校編」および「盲・ろう・養護学校編」(2005年)の「はじめに」にも記載。


注3) 目標(17の目標)のすべてに人権概念が貫かれており、とりわけ性教育に関わる目標は、目標3「すべての人に健康と福祉を」、目標4「質の高い教育をみんなに」、目標5「ジェンダー平等の実現」、目標10 「人や国の不平等をなくそう」です。それぞれターゲット目標があり、より具体的な内容が含まれています。

注4) 「ガイダンス」(p.61〜)では、すぐれたセクシュアリティ教育実践に共通することとして、 少なくとも12コマかそれ以上のコマ数を含む実践プログラムであること、および何年間かにわたって連続的に行われる授業を含んでいることがあげられています。

注5) 「ガイダンス」の基本的構想として「@関係性、A価値、権利、文化、セクシュアリティ、Bジェンダーの理解、C暴力、安全の確保、D健康と幸福のためのスキル、E人間のからだと発達、Fセクシュアリティと性的行動、G性と生殖の健康」があげられており、各構想ごとに学習内容と到達目標がまとめられています。

注6) 「ガイダンス」では以下のように説明されています。「包括的性教育はセクシュアリティを精神的、心理的、身体的、社会的側面から捉えたうえで、カリキュラムに立脚した性教育のことである。自らの健康・幸福・尊厳への気づき、尊厳の上に成り立つ社会的関係・性的関係の構築、個々人の選択がいかに自己・他者に影響し得るのかという気づき、生涯を通して自らの権利を守ることへの理解と具体化できるための知識、スキル、態度、価値観を子どもに身につけさせることが主な目的である」。
 

包括的性教育を求めるその他の声明、提言等

 

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